信じるべきは自分の舌
繰り返される食品偽装は、松阪牛という肉の最高級ブランドでも行われていた。それも伊勢神宮のおひざ元でというからタチが悪い。昨年の遷宮をきっかけにいつになく盛んなお伊勢参り。先日、天皇、皇后両陛下が参拝されたばかりというのに、食の守り神である豊受大御神はもちろんのこと、天照大御神もさぞご立腹に違いない。 ――――――――◇――――――◇―――――――◇――――――◇――――――――
松阪牛や伊勢えびが有名な三重県。鳥羽市は伊勢神宮にも程近く、観光スポットとしては常に熱い視線が注がれている都市である。
ところがその鳥羽市内のホテルが28日、九州産牛を松阪牛として客に提供、加えて外国産のミナミイセエビを、さも地元で獲れた伊勢えびのように提供していたことが明らかになった。 伊勢神宮に参拝し、ホテルに戻って伊勢の幸…と期待した観光客はさぞガッカリしたことだろう。ただ今回の偽装は、県内8つの生活衛生同業組合傘下の約2300施設が、昨秋のメニュー表示を自己点検しての結果で、客がその場で気づいて発覚したものではない。恐らく客はこれこそが松阪牛! 伊勢えび! と歓喜しながら舌鼓を打っていたに違いない。
昨年発覚した食品偽装問題は記憶に新しいが、多くのレストランで芝エビと偽ってバナメイエビが提供されていた。あの帝国ホテルでさえ、輸入された非加熱加工のストレートジュースをフレッシュジュースと偽っていたし、近鉄系の高級旅館「奈良万葉若草の宿三笠」では和牛がよもやのオーストラリア産、それも成形肉だったことが判明し、世間を驚かせた。中には疑った客もいたかもしれないが、ほとんどがメニューを信じ、ありがたく飲食していたに違いない。 偽装とは言い難いが、実は当サイトにも松阪牛で苦い経験を持つ記者がいる。
3年前に初めて伊勢神宮に出掛けた時のことだ。参拝後、記者はせっかくだからと松阪市駅で途中下車して本場、松阪牛のステーキを食べることにした。同市観光協会も推薦しているというA5ランクしか扱わない評判の店を選び入店。11月半ばの、それも平日の午後3時過ぎだったせいか、10卓ほどのテーブル席に客はなし。運ばれてきたメニューを見ると、お目当てのステーキは最低8000円から。
値段に一瞬、ギョッとした記者は、何とか冷静さを装いつつ、せっかくだからと「まさに清水の舞台から飛び降りるつもり」で1万8000円のサーロインステーキを〝ミディアムレア〟の焼き加減で注文した。待つこと10数分、焼き上がったステーキは、神々しい焼き色を輝かせ、目の前に運ばれてきた。今にもあふれ出そうなヨダレをゴクリと飲み込み、震える手でステーキをカットする。
ナイフの入り具合は滑らかそのもの。断面は、程よくサシが入っている。いよいよ口に運んでひと噛み、ふた噛みすると「?」「いや」「?」。再び肉をカットすると多少、切れ味が落ちたような、サシの入り具合の程よさも…。カットした肉を口に運ぶと「?」「?」「?」「いや」。肉の切れ味も、サシの入り具合も、実は最初と変わったわけではない。「疑いが確信に変わるにつれ、気持ちの変化がそう感じさせたのだろう」と記者は振り返る。 「表面は焼き色はしっかりついていたのに、ミディアムレアのレアの部分がぬるいどころか冷たかった。恐らく冷凍肉、それも解凍が中途半端な肉を食べさせられたんだろう。ハッキリ言ってまずかった」
記者が言うには「その店は、肉も卸している有名店というから、今でも出された肉は松阪牛と信じたい」という。「だからこそ」というこの記者は「松阪牛なんて言ったところで、しょせんそんなもの。有り余るカネがあれば話は別だが、大枚はたいてまで食べるものでもない。ファミレスのステーキで十分」と悟ったという。
でもどうなんだろうか。この一例で断言するつもりは毛頭ないが、ブランドってそもそも何? ある程度選択の参考にはなっても、おいしさを保証するものではない。食の基準をおいしいかまずいかに置くならば結局、ブランド力ではない。偽装は言語道断だが、少なくとも一番頼れるのは自分の舌だということを再認識すべきだはなかろうか。
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