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November , 2018
Thursday

爆笑問題太田光・光代夫妻の愛娘が死去

2015年4月11日(土)02時28分更新

 人気お笑いコンビ爆笑問題の太田光(49)と所属事務所タイタンの社長でもある光代(50)夫妻の〝愛娘〟が去る3月24日、亡くなっていたことが本サイトの取材で明らかになった。小さな小さなマリモのようだったからミニモ…そう名付けられた娘の死は、太田夫妻の胸に今もポッカリ穴を開けたまま。それでも気丈に振る舞う夫妻は、寂しさを紛らわすかのように、いつも以上に仕事に没頭する。享年23。人間でいえば130歳とも140歳とも言われる大往生に「ありがとうミニモ」「寂しいよミニモ」…夫妻の感謝と悲しみの気持ちが今も交錯している。

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 すでに23年9カ月の歳月が3人の間に流れていた。「いつかはこの日が来ると覚悟はしていました」と語る光代社長。寂しさと悲しさを押し殺すように語るその姿は、バラエティー番組などで見せる剛腕社長のそれではない。愛おしい娘の面影を今も追い続ける母の姿だった。

「会いたい、触れたい、そして彼女が大好きだったブラッシングをまたしてあげたい」。仕事から自宅に戻ると、途端に寂しさに襲われる。「ミニモ…」、意識するだけで涙があふれ出る。

◇太田の腕の中で静かに息を引き取った

 爆笑問題の人気は今さら説明するまでもないが、日本エレキテル連合などの活躍もあって、事務所は大忙し。夫妻揃ってタイトなスケジュールをこなす中、自宅にいるミニモはいつも2人の帰りをおとなしく待ち続けてくれた。3月半ば、珍しく苦しそうにしているミニモを心配して、光代社長が病院に連れていくと、肺とろっ骨の間に水がたまっていたことがわかり、すぐに水を抜いてもらった。

ありし日のミニモ(前足に挟まっているのはファンが作ってくれたミニモそっくりのミニチュア=光代社長は王子と呼んで大切にしていた。いまはミニモと一緒に眠る)

ありし日のミニモ(前足に挟まっているのはファンが作ってくれたミニモそっくりのミニチュア=光代社長は王子と呼んで大切にしていた。いまはミニモと一緒に眠る)

 その後は、快方に向かい、処方された薬をミニモに飲ませようとすると、光代社長の指をかむほど元気なところを見せていた。それでも心配だった光代社長は、仕事から帰ると付きっ切りで看病した。仕事疲れと看病疲れがピークに差し掛かり、化粧も落とさずに眠ってしまった翌日、事務所で1件仕事があるため、自宅を出ようとした時だった。ミニモの息遣いがおかしい。肩で苦しそうに息をしている。この日、たまたまDVDのネタ作りで太田と相方の田中裕二(50)が自宅にいた。いつもは光代社長が病院に連れて行くが、田中を留守番にして、太田と動物園で飼育係をしたことのある爆笑のマネジャーにミニモを託し、光代社長は仕事場に向かった。

「事務所の仕事は簡単に片付くものだったので、私もすぐ病院に駆けつける予定だったんです」という光代社長。ところが、たまたまアポなしで週刊誌の記者が事務所を訪れ、出るに出られなくなってしまった。ちょうどこの記者に対応している時に太田から電話が入った。「ミニモだめだった…」。光代社長はがく然とした、目の前が暗くなった…しかし仕事をしている以上、そんなことはおくびにも出せない。記者の帰りを待って、光代社長は自宅に急行、病院から戻っていたミニモと対面した。

 聞けばミニモの心臓は病院に行く途中、一旦止まりかけた。それでもマネジャーの心臓マッサージのお陰で一度は持ち直し、そして病院に着くと、途端に安心したかのように太田の腕の中で息を引き取ったという。3月24日、時間は分単位まで確認できなかったというが午後3時半ごろ。この日は「324の日」、光代社長は数字に置き換えられる自分の名前にこだわっている。「日付だけじゃなく、時間も私に合わせてくれたのかなぁ」と遠くを見つめる光代社長。この日は光代社長の帰宅と入れ替えで、爆笑の2人はラジオのレギュラー番組に出演するため、肩を落としながら出掛けて行った。

 享年23。人間に例えると130歳とも140歳ともいえる大往生というが、太田夫妻にとっては、あくまで23歳の娘。女子大を卒業してようやく会社の仕事も慣れてきたOL2年目という感覚だった。

 それに今でこそ超売れっ子の爆笑問題だが、その彼らの下積み時代から、彼女は一番近くで見続けてきた一人でもある。家族であると同時に、同士でもあった。「親より先に逝くなんて…。ヒドいよミニモ、寂しいよミニモ」、不妊治療を続けても、子どもが授からない夫妻にとっては、まさに目に入れても痛くない存在だった。

◇まるで子どもを抱いて入浴する父

 太田夫妻がミニモと出会ったのは、結婚(1990年9月)して1年が経とうとする翌年7月、深夜12時ごろのことだった。当時、住んでいた東京・笹塚の自宅で2人が窓の外を眺めていると、家の前に毛玉のような物体が風にそよぐようにうごめいていた。「てっきりゴミだと思っていた」(光代社長)が、泣き声のようなものが聞こえてきた。何かしらの生き物だとは思ったが、2人はそのまま就寝。翌朝、光代社長が目を覚まして外を見ると、まだその物体が泣いている。6時ごろに玄関先に出てみると、それが初めて子猫だということに気づいたのだ。

親子そのものの入浴風景

親子そのものの入浴風景(太田32歳、ミニモ6歳の時)

 てのひらサイズでマリモのようだった子猫は、目も開ききっておらず、薄汚れてノミだらけ。すぐに家の中に連れていき、体をきれいにしてあげようとして湯船に入れた途端、子猫はたちまち気を失ってしまった。慌ててお尻をペンペン叩くと、生まれたばかりの赤ちゃんのように、ニャアニャア泣き出した。風呂から出て体を拭いてあげ、子猫に付着しているノミを1匹ずつピンセットでつまみ、それをガムテープに張り付けていった。全部は取り切れなかったが、それでも50匹ほどのノミが収穫できた。ノミを取り終えると、今度は病院へ急行。医者から「こんな小さな子猫をお風呂になんか入れたら死んじゃうよ」と叱られた。

 その後は取っても取っても一向に減らないノミとの格闘が続き、最後はどうしても退治できなかったオス1匹が残り、病院で取ってもらったのはおよそ1カ月後。その時に医者から「この子猫を最初に診た時、体が他の猫と比べてとても小さく、そのうえノミだらけで回虫もいた。かわいそうだけど助からないだろうなと思っていた」と言われたという。

 新婚1年で授かったかけがえのない家族は、体は小さいながら、夫妻の愛情を一身に受け、また自らの生命力の強さでたくましく成長していった。体はやはり、他の猫と比べれば小さいながら、それでも12歳の時に体重が4㌔近くまで達したことがある。そのミニモはとにかく太田のことが大好き。太田が家にいる時はつねにまとわりつき、離れようとはしない。まだ元気なころは、太田がゴロ寝して寛いでいると、太田の胸に乗っかり顔をペロペロなめ回し、ウットリとながめることもしばしば。太田もそれを嬉しそうに受け入れていたという。それに「お医者さんには怒られちゃったけど、最初にお風呂に入れたからなのか、ミニモはお風呂が大好きだった」という光代社長。太田はミニモを抱いて、よく一緒に風呂にも入っていた。ミニモが太田の肩口に前足をチョコンと乗せ、太田はミニモの体を湯船に落ちないように支える…まるで父親が赤ちゃんを抱いて入浴する姿そのものだったと光代社長は振り返る。

「ですから、ミニモに万が一のことがあったら太田はどうなるんだろう…、おかしくなっちゃうんじゃないだろうか…、それだけが心配でした」

◇ぶつけようのない悲しさからくる反動

「親の死に目に会えないのが芸の世界」とよく言われる。特に芸で人を笑わせるお笑い芸人は、俳優などと違い、自分の不幸を他人に悟られては商売にならない。太田が〝愛娘〟の死に立ち会えたのはせめてもの救いだったが、ミニモの死は確実に太田、そして光代社長に暗い影を落とし、衝撃を与えているに違いない。だが太田は一切、ミニモの死を公にすることなく、いつもと変わらぬ仕事を続けている。太田はミニモが亡くなる前々日、「サンデージャポン」、「日曜サンデー」とレギュラーMCを務めるテレビ、ラジオの生放送に出演した。ミニモが亡くなった直後の24日深夜には、ラジオの生番組「爆笑問題カーボーイ」で、いつもと変わらぬMCぶりでリスナーたちを楽しませていた。あえて言うなら、最近、いつも以上に過激な発言が目立ち、それをネット上などで批判されることもある。それを見て「ぶつけようのない悲しさからくる反動なのかもしれない」と分析したのは何度か爆笑の2人を取材したことがある芸能記者のA氏。

太田夫妻は今でもミニモの墓碑に語りかけている

太田夫妻は今でもミニモの墓碑に語りかけている

 意外かもしれないが、爆笑問題とかかわったことのある関係者から「田中さんより太田さんのほうが人間味がある」という話をよく聞く。世間的には人当たりのいい田中に親しみを感じるファンは多いだろうが、「(太田は)ワガママはワガママだし、過激な発言も目立つけど、実は弱者に対してかなり気を使い、優しく接しているのは太田さんのほう。確かに彼の発言は、時に度を超すこともあるけど、その発言の矛先をよくよく見ると、おおむね権力を持つ者や力の強い立場の人であることが分かる。田中さんはその点、誰とでもうまく接することができるオールラウンダー。このコンビのバランスはそこで成り立っているんだと思う。パーッと楽しむ相手なら田中さん、人間としてずっと付き合いたいなら太田さん…そう思う関係者は少なくないハズですよ」(Aさん)。

 薄汚れてノミだらけ、そして今にも絶命しそうな子猫を拾い上げた瞬間、その子猫を天命以上の大往生に導いた。それはまさに太田夫妻の「弱者を救いたい」とする、その気持ちが成し遂げた〝偉業〟だったのかもしれない。ミニモは今、自宅の庭で安らかに眠っている。出入りの庭師に作ってもらった大理石製のプレートを墓碑にして、光代社長は毎日話しかける。「ミニモ、行ってきます」「ミニモただいま」…太田の性格上、墓碑の前までやってきて話しかけることはないそうだが、墓碑は彼の書斎の目の前にある。芸能界という、一見華やかに見えて、実は意外と窮屈な世界に身を置く2人にとって、最愛の娘に語りかける時こそ、本当の自分に戻れる瞬間なのかもしれない。合掌。


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コメント数 5件

  1. 井戸端PRESS | 井戸端新聞 | 旅行人気ニュースガイド

    […] 胸に今もポッカリ穴を開けたまま。それでも気丈に振る舞う夫妻は、寂しさを紛らわすかのように、いつも以上に仕事に没頭する。享年23。人間でいえば130歳とも…[続きを読む] […]

    投稿日2015年4月13日 AM 3:01

  2. 40代サラリーマン

    太田夫妻の「優しさ」を知った取材記事に感動!

    投稿日2015年4月13日 AM 11:12

  3. dakyuunoyulue

    よくありがちだがタレントに対しての好みが出ちゃってますね
    田中より太田が好きでしょ
    比較には慣れてるとはいえ、ライターの主観的、希望的な田中像太田像

    投稿日2015年6月9日 PM 7:14

  4. 天亭

    ミニモちゃんが天国に旅立ったことを(太田上田で)今更ながら知りました・・・また新しい猫を飼い始めたそうですね。

    投稿日2016年5月24日 PM 9:46

  5. 爆笑問題・田中裕二が『猫と田中』を出版!→“猫との別居生活”論議が再燃…このタイミングで本出さなくてもよくないか? | 毒女ニュース

    […] 参考:爆笑問題太田光・光代夫妻の愛娘が死去 […]

    投稿日2017年1月28日 PM 2:50

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