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コアラを殺す豪州は残酷か?

2015年5月26日(火)11時59分更新

 オーストラリアで、またもコアラの安楽死騒動が起こっているという。オーストラリアは、国民の100%近くが日本の捕鯨文化に批判的と言われる国民性、それなにの「コアラ(を殺すの)はよくてクジラは悪い」…この原理は何なのだろう。結局、これって人間のご都合主義が成せるワザに違いない。人間って本当に勝手だよなあ。

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 オーストラリア南東部に位置するビクトリア州でこの日、同州内で生息する野生のコアラが増え過ぎたため、間引きのための安楽死を計画していると公表した。コアラは毛皮にするための捕獲や、もともと特定のユーカリの葉しか食べないこともあり、開発が進むにつれ生息域が狭まっていた。そのため餌にありつけないコアラが餓死するなど、問題は深刻化。特に同州では1㌶あたり1匹の適正生息数が、何と10倍以上の11匹にも膨れ上がっていたという。現在、コアラの生息数はオーストラリア全域でも10万匹を切り、絶滅の危機にも立たされているといいながら、ビクトリア州ではこの日の公表以前の今年3月、2013~14年にかけて約700匹のコアラを安楽死させていたことが発覚し、すでに物議を醸していた。それでもまだ足りなかったとして、今回の公表に至ったようなのだ。

◇オーストラリアは勝手な国?

 もちろん苦しみながら餓死するのであれば、安楽死も選択肢の一つ、そういうものの考え方はあろう。ただしオーストラリアは、かつて灯火用の燃料などに使う鯨油目的にザトウクジラの乱獲を続け、絶滅寸前にまで追い込んだ前科がある。それが一転、鯨油の需要がなくなり、クジラがホエールウオッチングなど観光の貴重な収入源になった途端、クジラをまるで愛玩ペットのような扱いをし、急先鋒に立って日本の捕鯨を「蛮行、残虐」呼ばわりして批判している。本サイト読者の東京在勤の50代のサラリーマンはこう話す。

「こんな可愛らしいコアラを殺すとはケシカラン」そんな批判も聞こえるが(DVD「ミラクルコアラ」=ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント)

「こんな可愛らしいコアラを殺すとはケシカラン」そんな批判も聞こえるが(DVD「ミラクルコアラ」=ジェネオン・ユニバーサル・エンターテイメント)

「オーストラリアと同じ土俵には立ちたくはないが、今回のコアラもそう。仮に我々日本人が徹底的にコアラの安楽死を批判したらどうなります? 『大きなお世話』という話でおしまい。コアラだけじゃない。カンガルーも増えすぎたことを理由に年間、万単位で間引きされているというし、それこそ日本人の感覚からしたら極悪非道の所業と言わざるを得ないのでは」

 動物たちの生息地域を狭めたのも、そして彼らを餓死に追い込むほどのエサ不足を招いたのも人間に他ならない。適正生息数を超えたなら、その数に合うように安易に間引けばいいとする道理が通るのなら、「オーストラリアも、勝手な国だよな。日本を批判することなんてできないじゃないか」という声が大勢を占めても文句は言えまい。

 捕鯨だけではない。先日も和歌山・太地町で行われるイルカの追い込み漁が残酷だという理由でWAZA(世界動物水族館協会)がJAZA(日本動物園水族館協会)に、追い込み漁で捕獲されたイルカの購入をやめるよう勧告。従わなければJAZAをWAZAから除名すると通告していた。結局、JAZAは断腸の思いでイルカの購入を辞めることで、WAZA残留を決定せざるを得なかった。

◇最終的に何も食べられなくなってしまう

 人間のエゴがもちろん生き物を虐待したり、過度に乱獲して種を根絶やしにすることは許されることではない。ただ本サイトの別の読者(埼玉県在住の40代の飲食店店長)はこう意見を寄せてくれた。

「サーカスのゾウだって、調教の時に鞭でバシバシ叩かれたりするわけですよね。トラやライオンの猛獣の類いもそう。鞭で調教された上、燃え盛る火の輪をくぐらされる。ショーが終われば狭苦しい檻に入れられ、世界中をたらい回しにされる。これだって立派な動物虐待になると思う。ただ何でもかんでもあれはダメ、これはダメと言っていたら最終的に人間は動物に対し、何もできなくなる。だいたい日本の鯨肉文化を批判している国々は牛肉、豚肉、鶏肉などあらゆる肉を平気で食べますが、牛を神聖な生き物としているヒンズー教徒は牛肉を口にしない。本来、彼らからすれば牛肉を食べる文化は野蛮であり、真っ先に批判するはずなんでしょうが、圧倒的な数の力から大人しく牛が食べられることを見守るしかできない。世界にはいまだ人肉食を文化に持つ地域があると聞くけど、さすがにそれは認められないですが、日本の捕鯨やイルカの追い込み漁に対し、やれ『残酷だ』『けしからん』と言っていたら、それこそ生き物を食べること自体が全て残酷になるわけで、何も食べちゃいけないことになる。コアラが餓死する前に、人間が餓死する」

 いやはやコアラの安楽死が食文化の話まで飛んでしまったが、結局、その国、文化にとって他国が「残酷だ」、「非道だ」と思っても、当事国にとっては「大きなお世話」であることが、おうおうにしてあるのだ。。コアラを安楽死させることは我々日本人からすれば「あんなかわいい動物を殺すなんてかわいそう」と思うかもしれない。しかし、それはそれなりの事情があってのことで、第三者がとやかく批判すべきことではない。それと同様、我々日本の捕鯨文化、太地町のイルカ追い込み漁等が他国から批判されるものではない。100点満点とは言わずとも、これがより正解に近い回答なのではなかろうか。


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